女医として前置胎盤は知っていました。
でも、患者になって初めて分かったことがあります。
教科書で知っていることと、自分の身に起こることは全く違いました。
これは、全前置胎盤と診断されてから36週1日で緊急帝王切開になるまでの、私自身の体験記です。
(Threadsで投稿した内容の総集編です。+αで写真など多めに入れています!)
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女医ですが、号泣しながら出産しました😂
ちょうど去年の今頃、
全前置胎盤のため、急な出血からの緊急帝王切開で次男を出産しました。
教科書で習ったやつ、
頭ではわかってるけど、出血しまくるとこんなに動揺するのね!
などと思いながら恐怖と戦い、
同い年くらいの女医さん執刀医に手を握られ励まされ、患者目線で医療のありがたさを感じました。
そんな医者だけど患者目線で感じた全前置胎盤出産記録も綴っていこうと思います!
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前置胎盤の疑いを宣告された時、正直
「あ、帝王切開になっちゃうのか」
くらいの軽い気持ちでした。
でも、担当医に
「教科書また見てみ、警告出血があったらすぐに受診だよ」
と言われ、
警告出血がやばいのは覚えていたけれど、
なんとなくまだ当事者意識が低かった私は、
「まだ一回も出血してないし大丈夫でしょ!」
そんなことを思っていた妊娠24週でした。
その頃はまだ知らなかった、
その後の出来事を…。
ちなみに出血は3回。
そのそれぞれにドラマがありました。
定期通院後のランチ👇この時はまだのんきだった。。

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全前置胎盤、妊娠34週。
「まだ出血してないし大丈夫でしょ!」
と思っていた、夜23時頃。
ずるっ…
嫌な感触で静かに飛び起きた。
やばい。
出血した…。
今日は旦那が出張中。
3歳長男は隣で寝ている。
頼れる義両親は車で1時間。
急いで義母に電話をしながら、
「息子大丈夫かな、起こさず着替えなきゃ。」
「てか出血止まった!?」
いろんなことが心配で、頭の中はパニック。
義両親が到着した瞬間、
我が子を託してタクシーに飛び乗った。
病院では、
「出血は止まってますね。」
担当医の言葉に一旦ほっとする。
でもこの時はまだ、
これが3回あるうちの1回目だったとは知らなかった。(このままMFICUに緊急入院となる)
(後日談)
後日、自宅廊下に血液が滴り落ちていたと義母に言われました。
私は綺麗に拭いたと思っていたのに😂

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全前置胎盤、妊娠35週。
また、あの感覚だった。
MFICUに緊急入院となってから、およそ1週間。
消灯時間を過ぎた頃、
じわっ…
「あぁ…。」
また出血だ。
「お願いだから止まって。」
そう願いながら、ゆっくりと手元のナースコールを押した。
あっという間に看護師さん2人にベッドごと処置室へ運ばれ、当直医の診察を受ける。
「うん、出血止まってる。でもベッド上安静ね。」
その言葉に、一旦ほっとした。
でも。
本当の地獄はここからだった。
(後日談)
「暗闇でも出血しているのが分かりましたよ。」対応してくださった看護師さんにそう言われました。
そんなに😭!?

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全前置胎盤、妊娠35週。(続き。)
2回目の出血が止血した直後だった。
尿道カテーテルは、
入れる時だけ我慢すればいいと思ってた。
ベッド上安静を指示された私は、もちろんトイレも行けない。
初めての尿道カテーテル。
「入れる時だけ我慢すれば、なんとかなる!」
ではなかった。
お股に何かずっと挟まっている。
想像以上に痛い。
出血しないか余計に不安。
動けない。
寝返りも打てず、
ひたすら天井を見つめるだけだった。
その時撮影した写真が残っている。
気を紛らわせたくて撮った天井たち😂



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全前置胎盤、妊娠36週1日。
ベッドから立ち上がった、その瞬間。
ずるっ。
生温かい血液が足を伝う。
「あぁ…。」
今回は違う。
止まらないかもしれない。
でも、よかった。
まだ人がたくさんいる時間だ。
そんなことを考えていた。
休日の18時頃だった。
私は立ったまま動かず、目の前のカーテンだけを開けて、
「すみません、出血しました!」
と看護師さんに伝えた。
すぐに処置室へ。
内診した先生が静かに言う。
「あぁ…。出血止まってないね。」
「これから帝王切開です。旦那さんに電話できますか?」
(止まらなかったか。。。)
その瞬間からが早かった。
「マグセント上げて!」
「オペ室に連絡!」
「ルート取りますね!」
泣きながら夫へ電話をかける。
電話を切る頃には、
もうベッドは動き始めていた。
苦しくて仰向けにはなれない。
意識も朦朧としていて、
薄目を開けるので精一杯だった。
私はただ、
「赤ちゃん無事でいて。そして、私も、私の子宮もどうか耐えてくれますように。」
そう願い続けていた。
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次に目を開けた時、そこはもう手術室だった。
手術台へ移された後、泣き続けている私の手をそっと握ってくれた人がいた。
執刀医の女医さんだった。
彼女は何も言わず、ただ私の手を握っていてくれた。
しばらくして、
「準備してきますね。」
そう言って静かに去っていった。
意識は朦朧としていたのに、
あの時の手の温もりだけは、今でも鮮明に覚えている。
あの数十秒で、私はとても救われた。
そうして心の不安が和らいだ時、
まさに緊急帝王切開が始まったのだった。
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「ハーベーいくつ!?」
「8!?じゃあそのままいくわ!」
そんな言葉が頭上を飛び交っていた。
あぁ、輸血しなくてよかったんだな。
そう思った。
全身麻酔ではないはずなのに、
吐き気と若干意識が遠のくような感覚があって、
目を開けることができなかった。
それでも麻酔科の先生は、
ずっと私を励まし続けてくれていた。
「実は僕も来月、ここで奥さんが出産するんですよ!」
「そうなんですかー。」
そう答えるので精一杯だった。
定期的に麻酔で気持ち悪さが押し寄せてきて、
「気持ち悪い…。」
と訴えるたびに、麻酔科の先生がすぐに対応してくれた。
そんなやり取りを何度か繰り返した時、
「はるこさーん、もうすぐ産まれますよー。」
その声を聞いて、
はぁ、よかった。
無事なんだ。
私も意識がある。
子宮も取らずに済んだんだな。
そんなことを思っていた、その時だった。
急に周囲が慌ただしくなった。
「えっ、大丈夫!?産声は!?」
一瞬、不安がよぎる。
すると、
「ふぎゃー!ふぎゃー!」
元気な泣き声が聞こえた。
あぁ、よかった。
「体重は2700gです!」
あ、2500g超えてた。
よかった。
気づけば涙がこぼれていた。
私は生きていて、
赤ちゃんも無事だった。
一通りきれいにしてもらったあと、
助産師さんが赤ちゃんを連れてきてくれた。
まだ麻酔で目をしっかり開けることもできなかったけれど、
赤く少し腫れた、小さくてかわいい我が子と、無事に対面することができた。
全前置胎盤。いろいろありすぎて大変だったけれど、人の温かさを感じたそんな経験でした。
36週1日まで頑張ってくれて、本当にありがとう。
END。
術後、診察にきた執刀医の女医さんに「先生が手を握って「くれていたからとても心強かったです。ありがとうございました。」と伝えた時に。「いいえいいえ」とちょっと恥ずかしそうにしていた姿ががなんとも素敵でした。先生に執刀していただいて本当によかったです。
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そして現在は、この出来事から1年経ちました。
今、隣で元気に遊んでいる息子を見るたびに思います。
あの日、頑張ってくれて本当に本当にありがとう。そして執刀医をはじめ、医療従事者の皆様、同業者でありながら本当に感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。この経験をもとに私も皆様のように精進できるよう日々努力したいと思います。
感謝の気持ちを込めて。

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